吐きそうの懺悔

自分を粗末に扱う私。
本やテレビで「自分を大切に」と聞くことがあるけど、大切とそうでないラインがよく分からない。何人かの男性に恋をして、付き合って、別れた。恋をしても愛には成らなかった。そして見抜かれて振られる。SEXがしたくなり今日ネットで話した人と会って寝た。彼は2度イッて、私はフリをした。寂しいので会ったからか、満たされな状態で足早に家に着いて、玄関に座り込みヒールをドアに投げてため息をつく。人を信用できない。作り笑顔と演技が上手な私。よく悩み相談を受ける。親身に相談にのる、、相手に感謝される。そして数日後には相談内容など忘れてしまう。自分や周りが大切に思えないから平気で縁を切る。死にたいと思っても残された姉家族を思うと、考えるだけで面倒になる。。テレビを点けても、全く感情移入できないので、無音で見ている。いつからこんな風になったんだろう。父と母ががいた頃の家族の思い出はどれも良い思い出ばかりしかない。天国のパパ、ママ…あなた達は私を大切に愛をいっぱい注いで育ててくれた。その気持ちに応えられずにいる私を、どんな風に思ってますか、あなた達以外の人をどうしたら愛せますか、授かったものを粗末にしてしまう私を許して下さい。
2017年3月11日

コメント一覧 (1)

匿名さん 2017年3月18日
貴方の苦しみは貴方にしかわからないと思いますが、他人事とは思えずコメント致します。

憶測でしかコメント出来ませんが、、
作り笑顔や演技が上手ということから、、人に気を遣い、良い自分でいなければと頑張りすぎていた時期が長かったのではないですか?
本当はこんな自分じゃないのにと、その嘘の自分と仲良くしてくれる人を信用出来なくなってしまったのではないですか?

私もテレビの音すら苦痛に思えた時期があります。感情が凍ってしまったようになって、、自分を大切にの意味がわかりませんでした。

私の場合、自然と触れ合ったり、瞑想したり、本を読んだり、、色々試しましたが何をしても孤独感は満たされませんでした。
何かで癒そう、治そうと思っても私にはダメでした。

小学生の頃から苦しんでいて、30代になった今やっと少しずつ前に進めてきたところです。
きっかけは「知ること」でした。どうにかしようとすることではなく、「自分はまだ何も知らないんだ」と知るというか、認めるというか、そういう意識を持てるようになってから私は変わってきました。

私が見ている世界や常識は、ほんの一部なんだということ。色んな生き方があっていいんだということ。それを知ることで、なんだか気持ちが楽になってきたんです。

人を愛せない自分。そんな自分を非難したり、孤独を埋めようとせず、ただ知ること。ただ、客観的に自分を見つめるというか。
そうすると、人との付き合い方もなんだかゆったりしたものになってきたよつな気がします。
上手く言えなくてすみません。

大好きだったお父様、お母様の願いはただ1つ。貴方に幸せになって欲しいということでしょうね。ご両親の愛を受けて育った貴方が、本当は一番わかっていることでしょうね(*^ ^*)

粗末に生てきたとおっしゃいますが、そんな生き方をするしか生きられなかった理由があるはずです。頑張ってここまで生きてきたんです。
必死に生きている貴方をお父様、お母様は優しく見守っているはずです。

大丈夫、ゆっくりでいいんですよ。
お父様、お母様のような愛に溢れた貴方を取り戻せますように。

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