イチゴ盗難事件のニュースを耳にしたとき、小学生のとき(25年以上前)にイチゴを盗んで食べたことを思い出しました。
当時、子供だった私は悪いことをしたとわからず、父親につれられて謝りに行ってもけっきょく許してもらえませんでした。
本当の意味で取り返しのつかないことをしたときづいたのは数年後、中学生の頃でした。
もし、中学生の授業でイチゴの栽培方法を知ることなければ。
もし父が家庭栽培で作った小さくて酸っぱいイチゴを私に食べさせなければ。
そしてお詫びとして父がイチゴ箱買いしたときにイチゴ農家のおじさんが言い捨てた「買えばいいってもんじゃないんだけどな」という言葉がひっかかっていなければ。
私は本当の意味でなにが悪いか理解できなかったといまも思います。
私はイチゴ農家のおじさんの努力を踏みにじった。
それが私の気づいた事実です。
以来イチゴを私はお金に余裕があっても買えなくなりました。
盗み事態は小学生のころにやめていたのですが、自覚をしたことで罪悪感をイチゴを見るたびに感じるようになったんです。
今後、イチゴを食べたいと思ったらちゃんとお金を払って買います。
それからクリスマスや誕生日と言った特別な日に買いたいと思います。
私は二度と盗みません。
なぜなら人様の努力を無視したくはないからです。