懺悔したいとき

匿名さんの懺悔

懺悔させてください。私はこれまで周囲に自身を肯定させるために欺瞞を使ったことはないし、使うこともないと考えていました。嘘はいつかばれると思って生きてきたと思ってきました。しかしながら、大学に入学して自分を取り巻く環境ががらりと変わった時にふと、自分が平気な顔をして嘘をついていることに気が付きました。例えば、私をよく見せよう、気に入られようと先輩におべっかをしていたり、同級生に対して、明確な言及は避けて仄めかすように(この保身的な態度はむしろ悪質であると言えるのかもしれません)、まるで私が羨望の的であるかのように振舞ったりしています。今思い返すと、わたしは高校時代の恋人や友人にも似たようなことをしていました。そういった時の私はかなり露骨で、むしろなぜ今までの行いをその時々に振り返ることができなかったのか不思議に思いました。そして、この間のある日、先輩と出かけた際に自分がどういう人を好むかという話をしました。そうして紆余曲折を経て私が出した結論は、賢明な人と付き合うことはできない、というものでした。その時の私の説明の仕方では、その理由は愚かな自分の言うことにもいやな顔をせずに頷いてくれると思うからとか、そういう(これまで私の言うことに頷いてくれた人に対してとても失礼ですけれど)無難なところに着地したことを記憶しています。しかし本心では、賢明な人と関わっていると私の嘘がいつかめくれてしまう、利口ぶっている私の本性はこんなものか呆れた目で見られてしまうと思っているからでした。こんな自分がいやになります。私のこの虚栄心が、この懺悔を見ている方々に許されたらどんなに救われるだろうと思います。

2022年4月11日

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